こんばんは
浜松市で四柱推命占いを行っている野賀泰伽です。
閲覧頂きありがとうございます!!




浜松市で四柱推命占いを行っている野賀泰伽です。
閲覧頂きありがとうございます!!
週間天気予報をみると私の目がおかしいのか気候自体がおかしいのか・・・
週末の最高気温が20度越えになっているような(-_-;)
今何月・・・?
もちろん暦の上ではもう春ですがでも毎年の感じと全然違う!!
大丈夫なのか・・・
しかも今週末はシティマラソンが控えており雨の場合は
走ったとしても風邪ひく可能性が大ッ。
周りのお友達とも「雨だったらどうする??」って話でもちきりです。
来月はもう春休み突入!!
ここで風邪をひかせてしまっては・・・という思いの方が強く
もし雨だったら残念ではありますが棄権かなぁ。
シティマラソン参加される方は是非体調を万全にしてくださいね(^▽^)/
さて、今日は【川の流れと人生の流れ】です。
みなさんご存知の通り水は低い方へと流れます。
人工的な手が入らない限り水は自然と低い方へ低い方へと流れていきます。

こんな言葉聞いたことありますか?
「水の低きに就く如し」孟子が性善説を説明して仰れたお言葉です。
「水は低きに流れ人は易きに流れる」の方が聞いたことがある方も
いらっしゃるのでは?
この言葉って捉え方としては2パターンあるんですよね~(◎_◎;)
●水が低い所へ流れていくように人生もまた安易な方を選択しがちだ
●水が低い所へ流れていくように人生もまた流れに任せる
全然意味違うじゃんΣ(・ω・ノ)ノ!
なんとな~くですが
上の意味でとらえがちではないかな?!と思うのは私だけでしょうか。
世の中で言われている
「水は低きに流れ易きに流れる」という意味と「水の低きに就く如し」は
私の中では全くの別物ととらえています。
水が低い所へ流れるように人生もまた安易な選択をしてしまいがちだ
→水は低きに流れ人は易きに流れる
水が低い所へ流れるように人生もまた流れに任せる
→水の低きに就く如し
似ているようで全然違うッ!!!
そしてどちらも「だよね~」って思ってしまう。

書いていても自分で矛盾しているな~って思ってしまうのですが
やっぱり人の人生は川の流れに似ているのかもしれません。
そのままほっておけば人は楽な方楽な方を選択してしまいます。
自分から流れを変えるってとっても大変ですから!!
川や水は自ら流れを変えることはできません。
なにか人工的な手が加わる事で川の流れ、水の流れが変わります。
私たちもまた環境が変わらない限り自ら流れを変えるというのは
非常に難しいように感じます。
ただ、私たちは川の流れと違うところは「感情」「意志」があるってこと!!
今より良くしたい!
変わりたい!
そんな気持ちが自ら流れを変えることができるという事。
ただ、ここで注意。
「水の低きに就く如し」
自然の成り行きはとめようとしても止まらず身を任せることも必要だってこと。
完全矛盾してますよね~
じゃぁ!!どーしろって言うんだよ(# ゚Д゚)って・・・
易きに流れるって言うと楽な方を選択するって意味合いだけど
この「楽」を「楽しい」に変えてみたらどうだろうか?!
楽しいを選択することが決してすべて「らく」なわけではない。
言葉の揚げ足とっているような感じになってしまいますが・・・
でもこう考えると「水は低きに流れ人は易きに流れる」も「水の低きに就く如し」
も矛盾が少なくなってくる気がするのは私だけでしょうか。

自分が気持ちがいい方向
得意な方向
評価を得られる方向
得をする方向
儲かる方向
かもしれない
自分にとって進みたい!!って思える方向が自分の進むべき方向
すなわち「流れ」じゃないのかな?って。
決して「易きに流れる」は自分に甘んじて流れることではなく
その先を見越してその先に「楽しいはあるか?」そのために流れていくのが
人生なのかなと思う訳です。
「流れに身を任せてきたらこんな感じなんだ~」って
今の環境をよく思えているのなら
きっとそれは楽な選択をしたんではなくて自分が気持ちよくなれる選択を
したんだと思います。
それは決して簡単ではなく大変だったかもしれません。
でも結果「楽しい」に繋がる選択だったのかなと・・・
流れに流れていく先にはきっとしんどさも苦しさも辛さもあるはずです。
ただ、大事なのはどこへ流れつくかって事。
自分って堕落しちゃうわぁ・・・って人は『水は低きに流れ人は易きに流れる』を
心に刻み
常に自分を追い込んでしまう・・・って人は『水は低きに就く如し』と
心に刻むのがいいのかな(^-^;